カカワリカタの美とは何か

「カカワリカタの美」とは何か。 本メディアの編集長であり、株式会社インタラクションプロ代表取締役の武井章敏さんに、その背景にある思いや、これからの時代における人と組織のあり方について話を聞きました。

 

武井章敏

大学卒業後、マツダにて営業、人材開発、海外生産工場の立ち上げ、20年ぶりとなる人事制度改革を経験。その後、Apple Japanで日本におけるApple Storeの立ち上げ、ファーストリテイリングで国内外のグループ人事機能の統合に従事する。 2012年から8年間、アクセンチュア執行役員 人事本部長兼グローバルHRマネジメントコミッティメンバーを務め、コラボレーション&イノベーションを軸とした「働き方改革による全社オープンイノベーション活動」を推進。2020年3月に退任し、同年10月、株式会社Interaction Proを創業。

目の前の課題の奥にある「自分・人・社会」

—— 本日はありがとうございます。「関係の美」について、武井さんがどのような思いからこの概念にたどり着いたのか、じっくり伺いたいと思います。
武井さんが「関係の美」という言葉を口にされるようになったのは、2025年の秋頃からだったと記憶しています。この言葉は、特定の事業やプロジェクトをきっかけに生まれたものなのでしょうか。

武井: 事業として取り組むプロジェクトでは、どうしても組織に対して具体的な成果や効果を生み出すことが求められます。
そのため、アプローチも構造的で、意図的に設計されたものになりやすいんです。 一方で、そうした仕事を続ける中で、私自身、そしてインタラクションプロのメンバー、一人ひとりが、「私たちは、お客様や世の中に本当は何を伝えたいのだろう」「届けたいものの本質は何なのだろう」と問い続けていました。 その問いを深く掘り下げていった先に浮かんできたのが、「関係=カカワリカタの美」という概念でした。

—— 武井さんは長年、組織開発や人事コンサルティングの最前線で、多くの企業と向き合ってこられました。「伝えたい本質」を模索する中で、どのような課題意識があったのでしょうか。

武井: 私はインタラクションプロに加え、Kakeaiやエグゼクティブボードという会社の経営にも携わっており、日々、クライアント企業の人や組織に関する課題を聞いています。
そうした中で感じるのは、ビジネスの現場では、どうしても目の前に表面化した課題だけに議論が終始しがちだということです。
例えば、上司と部下のコミュニケーションであれば、「もっと腹を割って話せるようにしたい」「上司の言葉遣いを改善したい」「部下が自分の思いをうまく伝えられず苦しんでいる」といった相談があります。 けれど、その奥にある本質的な問題は、実はお互いの期待がすり合っていないことだったりする。
それをコミュニケーションの技術や態度の問題だけとして解決しようとしても、なかなかうまくいきません。

—— 表面的な症状に振り回されてしまうのですね。

武井: そうなんです。そこで共通して必要だと感じたのが、「自分」「人」「社会」という3つの視点です。
中でも出発点になるのは、まず「自分自身に目を向ける」ことだと思っています。
「あの人が」と言う前に、「自分はどう思っているのか」「自分はどう感じているのか」を見つめる。 「相手がこうだから」という他人軸で考える前に、「私はこう思う」「私はこう考える」「私はこう感じている」と、お互いが自分を主語にして伝え合う。それがすべての第一歩です。 けれど、自分自身のことが分かっていなければ、それを相手に伝えることもできません。

—— 「自分」を見失ってしまっている、と。

武井: 特に日本では、「自分」を脇に置いてしまうことが少なくないと思います。「上司に言われたから」「社長が言っているから」「お客様が求めているから」と、自分の意思を後回しにして指示をこなしていく。「自分はどうしたいのかなんて、考えたこともない」とおっしゃる方も少なくありません。 1980年代から90年代のような大量生産・大量消費の時代であれば、それでも機能したのかもしれません。決められたルールや指示に従い、効率よく大量に生産する「ボリュームの時代」には、そうした働き方が企業の成長につながり、企業も社員に長期雇用などの安定を提供することができました。
しかし、今は「バリューの時代」です。 変化のスピードは速く、企業には常に新しい価値、新しいやり方、新しい事業を生み出すことが求められています。旧来の「言われたことは何でもやります」という姿勢だけでは、もはや十分ではありません。 一人ひとりが自分の内面に目を向け、自分の考えを開示し、相手と対話し、異なる意見を交わしながら新しいものを生み出していく。
そうした「共創型組織」への転換が求められてきたのだと思います。

形だけの共創が、熱を奪ってしまう

—— 「指示命令型」から「共創型・コラボレーション型」への転換ですね。一方で、武井さんはそこにも、どこか違和感を感じていたのでしょうか。

武井: そうなんです。「これからは指示命令ではなく共創だ」「コラボレーションだ」と言われてきました。でも、ずっと何かしっくりこないものがありました。 それは何かと考えてみると、いつの間にか「コラボレーションすること」「共創すること」自体が目的になってしまっていたんです。
少し乱暴な例えですが、アマチュア選手が何人集まっても、それだけでプロのチームになるわけではありません。それぞれが何かの領域を深く追究し、自分ならではの技術や専門性を持った人たちが集まる。だからこそ、コラボレーションによって、一人では生み出せないものが生まれるのだと思います。 そうでなければ、「共創のための共創」になってしまいます。 場合によっては、一人で徹底的に考え、学び、経験を積みながらつくった方が、複数人で共創するより速く、質の高いものができることさえある。AIの登場によって、その傾向はさらに強まっています。 それなのに「とにかくコラボレーションしましょう」「共創しましょう」が先に来てしまうと、むしろ一人ひとりの自主性や独自性が薄れてしまう。
「これは本当に、私たちが目指していたものなのだろうか」と思うようになりました。

—— 形だけの共創になり、本来そこにあるはずの熱量が失われてしまう。

武井: では、「自分とのカカワリ」「仲間とのカカワリ」「組織とのカカワリ」は、どうあるべきなのか。 議論を重ねましたが、突き詰めていくと、これは簡単には整理できないんです。 「こうすべき」「こうあるべき」と、単純なルールにはできない。200ページ、300ページの本に思いの丈を書くことはできても、それを「では、具体的にどうすればいいんですか?」と問われると、状況によって答えは無数にある。
すべてを整理しようとすると、結局はHow toになってしまい、本当に大切なものが抜け落ちてしまうんです。

カカワリカタの「美」とは何か

——ノウハウに落とし込もうとすると、本質が滑り落ちてしまう。その限界の先に武井さんが見出されたのが、「美」という概念だったのですね。

武井: そうですね。 「こうあるべき」と言うのは少しおこがましいかもしれません。でも、自分と相手、人と組織、あるいは人と自然、人と地球という関係まで考えていくと、良い関わりには共通して、何か人を惹きつける「美」のようなものがあるのではないかと思うようになったんです。
美術館で作品を見るときも同じですよね。 作品について解説したり評論したりすることも楽しい。でも、本当に大切なのは、作品を目の前にした瞬間にハッとしたり、なぜか引き込まれたり、ずっと眺めていたいと思ったりすることではないでしょうか。
理由はうまく説明できない。でも、「この時間は自分にとって大切だ」と感じる。誰かにも伝えたくなる。 そうした感情の根底にあるものが「美」なのではないかと思っています。

—— では、「カカワリカタの美」の反対側にあるものは何でしょうか。

武井: 一番分かりやすいのは、「短期的な損得勘定」だと思います。 「この案件はいくら売上が立つのか」「いくら利益が出るのか」といったことですね。
もちろん、ビジネスですから数字は大切です。でも、そこだけに傾きすぎると、関係は一回きりで終わってしまう。 「今回は売上も利益も上がった。良かった」で終わってしまう。 そこに「美」がなければ、その先につながるものがないんです。 一方で、たとえ期待した売上には届かなかったとしても、「あの人と一緒にこの時間を過ごせたことは、本当に貴重だった」と思えることがある。
私は、そこに「美」があると思うんです。

—— 損得を超えた「美」が、次の関係を生み出していく。

武井: そうです。「良き隣人である」ということにも近いと思います。 夫婦でも、恋人でも、上司と部下でも、先生と生徒でも同じです。 「あなたを大切にしたい」 「あなたとの関係を大切にしたい」 そういう思いは、言葉だけではなく、所作や態度、声のトーン、表情、視線に表れる。 言葉遣いが丁寧かどうかという次元を超えて、その人が相手をどう思っているのかが、関係の中に滲み出てくる。
AIではつくりきれない、そうした人と人との間に生まれる空気感を、私たちは「美」として感じ取っているのかもしれません。

「何ができるか」ではなく、「どんな未来が待っているか」

——武井さんがおっしゃる「計算を超えた美」は、経営やビジネスの世界でも実際に機能しているのでしょうか。

武井: 本物の経営者は、そこを見ていると思います。 私は偶然にも、マツダ、Apple、ユニクロと、トップがそうしたものを大切にする会社で働く機会に恵まれました。
例えば、儲けることだけを考えていたら、ロータリーエンジンの開発にあれほど挑戦しないと思うんです(笑)。ル・マンで優勝することにも、あそこまで情熱を注がないでしょう。 そこには「ロータリーエンジンという画期的な技術を実現したい」という夢やロマンがあった。だから多くの人が惹きつけられ、全力で開発に取り組んだのだと思います。

—— Appleやユニクロも同様だったのでしょうか。

武井:Appleもそうです。もちろん利益は大切ですが、それ以上に「コンピューティングテクノロジーによって、人々の生活を豊かにしたい」という強い思いがあった。
柳井さんも、「良い服を世界中の人に届けたい」ということを徹底して追求してきた。その結果として、今のファーストリテイリングがあるのだと思います。 私が在籍していた頃、ブラトップやヒートテックが軌道に乗ると、翌年には「何千万枚売ってほしい」と言われるわけです(笑)。
Appleでも、iPodを100万台売った次には「400万台だ」と言われる。「冗談だろう」と思ったら、「iPodは一家に一台ではなく、一人に一台だ。日本には1億人いるんだから」と。 単に数字を増やしたいのではなく、「この素晴らしい体験を、もっと多くの人に届けたい」という思いがある。
その思いの強さが、人を惹きつけるのだと思います。

—— スペックの説明ではなく、「物語や美」を伝えていたのですね。

武井:Apple Storeでも店頭スタッフでも、「スペックや使い方ばかり説明するな」と言われました。
「格好いいでしょう。美しいでしょう。この製品によって何ができるのか。どんな楽しい生活が待っているのかを伝えなさい」と。
容量がどうだとか、チップの性能がどうだとか、それだけを説明するのではない。 その製品の先に、どんな人生や体験があるのか。
人は、そこに「美」を感じたときに惹きつけられるのだと思います。 思いや誇りという「数値に表れないもの」

思いや誇りという「数値に表れないもの」

—— 武井さんご自身の会社でも、最近、評価制度をめぐって大きな議論があったそうですね。

武井: 今、社員が20人を超え、これから30人、40人を目指すフェーズに入っています。そこで評価制度を整えたんです。 これまでは個人単位で仕事をすることも多かったのですが、チームで取り組むプロジェクトが増え、成果をどう評価し、どう配分するのかを考える必要が出てきました。 いくつか評価指標を定めたところ、社員から「それはどう測るのですか」「どうやって点数をつけるのですか」と聞かれました。

—— まさに「数値化・機械化」への問いですね。

武井: そこで私は、「すべてを機械的にポイント化するつもりはない」と伝えました。
Aさんは50点、Bさんは38点だから評価はこう、ということではない。 もちろんモニタリングやレビュー、記録はします。定量的な情報も大切です。 でも、最終的に重要なのは、そうした情報を踏まえて周囲の人たちがどう感じるかです。 「あの人は本当にチームに貢献してくれた」 「あの人がいたから、このプロジェクトは前に進んだ」 そう心から思えるかどうか。 定量的な成果だけでは捉えられない影響や貢献まで含めて、人が人を見て判断する。
AIから参考情報を得ることはできても、人に対する最終的な評価まで完全にAIに委ねることはできないと思っています。 すべてをルールで規定し、機械的に処理しようとすると、そこから「美」が失われてしまうことがあるんです。

—— ロジックと言葉だけで整理しようとすればするほど、「美」は見えにくくなるのかもしれませんね。

武井: そうですね。 言葉だけに意識を向けると、その背後にある「人」が見えなくなることがあります。 佇まい、声のトーン、表情、目線、あるいはそこに残された人の手跡。そうしたものを感じ取ることも大切です。 同じディスカッションでも、オフィスでするのと森の中でするのとでは、五感で受け取る情報量がまったく違います。
AIを活用する時代だからこそ、むしろ人間は自分の五感を磨き、「カカワリカタの美」を感じ取る力を育てていく必要があるのではないでしょうか。

「美」がなければ、人はいつか手を離してしまう

—— 「カカワリカタの美」というものは、平和で順調な時よりも、むしろトラブルや困難に直面した時にこそ試されるのでしょうか。

武井:そう思います。 ビジネスでもスポーツでも、トラブルは必ず起こります。誰かが辞める、怪我人が出る、材料が高騰する。
そういうときに、みんなで一緒に乗り越えようと思えるかどうか。 「社長が良くないから辞めます」 「商品に魅力がないから諦めます」 それだけでは、常に完璧な経営者や完璧な商品がなければ組織は成り立たないことになります。 困難なときに、「自分にできることは何だろう」「みんなと一緒に乗り越えたい」と思える。
私は、そういう関係の中にこそ「カカワリカタの美」があると思います。 美がなければ、人は疲弊し、やがて手を離してしまう。 地域のお祭りだって同じです。100万円が用意できないなら、10万円でできる形をみんなで考えればいい。
大切なのは、規模ではなく、「それでも一緒に続けたい」と思えるかどうか。 そこに「美」があるのだと思います。 生の言葉や佇まいを、そのまま伝える


生の言葉や佇まいをそのまま伝える

—— 今回伺った「カカワリカタの美」という思考は、どのように世の中に届けていくのが良いとお考えですか。

武井:頭で考えた言葉に抽象化して説明するよりも、実際に「カカワリカタの美」を体現している人を訪ね、その人の生の声や思いを伝えていく方が、ずっと響くと思っています。
例えば、先日取材した「旅館大沼」の湯守・しんちゃん(大沼伸治さん)。 古い建物や鳴子のお湯、そこを訪れるお客様、地域の人たちと、彼がどのように向き合っているのか。 その人の言葉や佇まいを、そのまま伝える。 「美とはこういうものです」とこちら側で説明しすぎるより、その人の生き方や関わり方に触れて、「ああ、こういうことなのか」と感じてもらう。
それが、「カカワリカタの美」を伝える一番自然な方法なのではないかと思っています。

—— 効率や損得が重視される時代だからこそ、自分自身の感覚を取り戻すための一つの灯火になるのかもしれませんね。本日はありがとうございました。


インタビュー
合同会社逍遥学派 福崎陸央

公開日:

2026/9/4

関係の美とは

損得や効率、目先の成果ばかりが求められる時代において、私たちは大切な何かを見落としてはいないでしょうか。

「関係(カカワリカタ)の美」は、数字やロジックだけでは測りきれない、人と人、人と自然、人と社会の間に立ち現れる美を探求するオンラインメディアです。
効率的なノウハウ(How to)を提示するのではなく、各地の現場に息づく生の声、微細な空気感、そこに重なる人の痕跡を届けていくことで、私たちが人や世界とあつく、あたたかく結びつき直すための、生き方を再発見します。

The Beauty of Relationality is an online journal exploring the subtle beauty of human, natural, and social connections, inviting us to warmly reconnect with the world beyond numbers.